「さっきベコが死んだ。もう一度会わせたかった」
と、ここ2年ほどは年賀状のやり取りだけになっている「心の弟」からのメールが入った。
ベコと言うのは弟の飼う雌犬の名前だ。
あれから何年だっけ?
ベコは幸せで、大往生だ。
95年の長い長い北海道放浪の旅の後半、二度目の多和平で「彼ら」と知り合った。
もう既に季節は「秋」と言っていい時期で、紋別で一週間のアルバイトを終え、
別のバイトを探すために知床のキャンプ場に向かう途中で、久々にツーリング気分を味わっている時だった。
つい、懐かしい標識に吸い寄せられてふらふらと立ち寄った「多和平」。
随分時間が経ったように思えるのに、ほんの半月ほど前だ。
私はここにある“小屋”にしばらく滞在して、皆で朝日を観てから朝ご飯を食べて毎日遠くまで走りに行って、夜遅くに帰るという日々を過ごしていた。
今はひっそりと2張のテント。
良く見るとそのうちの1張は、私が小屋で夢のように過ごし、最後に寂しく更に北に向けて出発するまでを、
ずっとニコニコと物静かに見守っていた“センセイ”の物だった。
(おいおい、まだココにいたの?しょうがないなぁ・・・。居てくれて良かった・・・。)
私は迷わずその2張と丁度三角形になるような位置にテントを張り、
翌日からは、全く出かけようとしないで浮世離れした会話や本の交換なんかをしてオタクな2人を置いて、
再び夜遅くまで元気よく走りまわっていた。
いや、本当は半月前を再現して感傷に浸っていただけなのかもしれない。
3人とも似たもの同士だったのかも。
そんなある日、帰ってくるとテントが増えていて、持主は、
オフロードの男の子とアメリカンの女の子と一匹の犬。
それが出会いだった。
料理上手な心の弟はデカイ中華鍋で美味しい料理を振舞い、それを肴に安い酒で夜は毎日宴会三昧、翌朝は中々起きない皆のテントひとつひとつにベコが朝の挨拶に来て始まる。
多分3日位の短い間の事だったと思う。
あっという間に彼らは出発していったのだ。
ベコは“弟”のXRのタンクに大人しく跨る。
ほんの小さな頃からずっと一緒に旅している立派な旅人だった。
彼らを見送り、残されて一層静かになってしまった2人を、
半ば強引に美幌峠までのプチツーリングに誘い、
最高の天気の最高の時間を過ごして、私も出発した。
数ヵ月後、“センセイ”がある仕事に惚れこんで弟子入りの形で北海道に移住する事が決まり、
みんなが集まる事になった。
ゲーム感覚でちょっと意地悪な位簡単に書いた集合場所は私の最寄りの駅。
人に聞かなければ恐らくわからない仕組みの集合場所に、
苦労して東北組の2人が到着、心の弟は実は高校の後輩で、近いので問題なく到着。
主賓は?
来ない。
迷った?
仕方なく私の家で飲みながら待つ事になり、宴会は始まったものの、
結局、連絡は取れなかった。
“センセイ”には正月に北海道で会い、あの日来なかった理由を聞くと、
「地元を離れるのが名残惜しくて辛くてたまらなかったから」と。
「だったらそう言えばいいじゃん」
「申し訳なくて言えなかった」
・・・・。
らしいな。と思い、全員が許した。
その後、年月が経ち、心の弟も2児の父、当時のアメリカンの女の子もわんぱくな3人の男の子のお母さんになった。
センセイはその後師匠が亡くなり仕事が無くなったが、北海道に住み続けるという意思表明まで聞いて、後の事は分かっていない。
恒例だった“弟”との飲み会が、ここの所滞っていたのはお互い忙しかったからだけじゃない。
何となく、現実に翻弄されていた私には、夢に向かって前進し続ける姿がまぶし過ぎたのだ。
今更“弟”にカッコつけなくてもいいのに・・・。
また呑もう。いつもの店で。毎回同じ事を聞いてくる店主のいる店で。
ベコは本当に幸せだったよ。
私たちは変わらず「秋風酔潰団」。
そして私は「しょうがない姉ちゃん」。